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大阪家庭裁判所 昭和39年(家)2462号 審判

申立人 島田桃子(仮名) 外一名

相手方 宮本重男(仮名) 外六名

主文

被相続人亡宮本松吉の遺産を次の通り分割する。

一、別表記載の物件はすべて相手方重男の取得とする。

二、相手方重男は相手方クミコに対し金一七六万四、五八五円を、爾余の相手方等五名及び申立人等二名に対し各金四四万一、一四六円を支払うものとする。

理由

本件申立の要旨は「被相続人亡宮本松吉の遺産につき、共同相続人である申立人等及び相手方等の間で協議がととのはないので、これが分割の審判を求める」というにある。

そこで当裁判所が調査した結果認める事実及び当裁判所の判断は次の通りである。

一、本籍大阪府○○市○○一二六番地宮本松吉は昭和二七年七月二四日死亡し、相続が開始したが、その相続人は同人妻クミコ、長女谷田永子、二女坂田良枝、三女田中イチ子、長男宮本重男、四女本田京子、五女島田桃子、六女宮本明子、七女田村幸子の八名で、法定相続分はクミコが一二分の四、爾余の相続人はいずれも一二分の一である。

二、被相続人もしくはその先代竹吉名義の不動産は別表記載番号一乃至一五の物件であつてこれらの物件が遺産に属することを争う者はない。その鑑定時(昭和三九年一月二三日における価格は同表価格欄記載の通りであるが、現在までにその内田及び山林は二パーセントの、宅地は坪当り二、〇〇〇円の各値上りを示しているので、現時点における価格の総額は三八一万九、〇三二円となり、之を遺産の価格に算入することとする。

なお同表番号三及び四の各家屋の鑑定時における状態は、相続開始時のそれと著しく相違していて、その同一性すら疑わしいけれども本件遺産分割全体から見れば支葉末節の事柄に属するので、一応鑑定時を標準とした価格によることとする。

三、申立人等が主張するその他の遺産

(イ)  有体動産について

相続開始時被相続人は営業用の生姜、梅干、塩等を保有していたが、その正確な数量及び価額は不明である。しかし重男は大体二、三〇万円のものがあつたことを認めているので、その価格を三〇万円と見積ることとする。

これらの物件は相続開始後重男において処分しているが、同人は被相続人の唯一人の男の子で被相続人死亡後は家業である漬物製造販売業を承継しその営業上の必要から該処分をしたものと認められるから、他の共同相続人が右家業承継を承認している本件においては、右処分は共同相続人全員の合意によるものと考えるべきである。そうすると、右処分によつて得た代金(その額は上記見積り価格に等しいものと認める)を遺産に代るべきものとして分割の対象とすべきであるから、その額を遺産価格に算入することとする。

(ロ)  預金について

大和銀行○○支店、三和銀行○○○支店、住友銀行○○支店に各照会し、相続開始時における被相続人名義の預金の有無につき回答を求めたが、その存在を回答したものは皆無である。よつて申立人等主張の前記各銀行預金を分割の対象とすることはできない。

(ハ)  株式について

被相続人は相続開始時南海電気鉄道株式会社の株式一五〇〇株を所有していたが、その死後である昭和二七年八月一八日重男が之を一株九一円の価格で売却した。右売却代金は全部被相続人の営業上の債務の一部弁済に充てられたと重男は陳述しその反証はない。ところで重男が共同相続人全員の承認を得て家業を承継したこと、右承認は遺産の処分についても、重男が家業遂行上必要且つ当然の処置を単独で措ることを認める意味を有すること前述の通りであり、上記株式の売却並びにその代金による弁済行為はすべて家業遂行上必要且つ当然の措置と認められるから、上記株式乃至売却代金は之を分割の対象となし得ないことは勿論右売却を原因とする債務負担の問題も生じないものと解すべきである。

(ニ)  債権について

相続開始時被相続人は相手方永子の夫谷田次男に対し一五万円の賃金債権を有していたが、死後重男において代物弁済を受けた事実が、永子及び重男の各供述を総合して認められる。右事実によれば右金一三万円は正確には遺産でないけれども之に代るべきものとして遺産価格に算入しなければならない。なお被相続人は相手方イチ子の夫田中義男に金一〇万円を貸していたが、生前既に弁済をうけたことが右イチ子の供述により認められるから右義男に対する債権は分割の対象とならない。その他分割の対象とすべき債権は認められない。

(ホ)  別表記載番号一六の家屋について

同家屋は現在未登記であるが、課税台帳の上では重男名義になつている。その価格は鑑定時において別表価格欄記載の通りであつたが、その後低落して現在は二〇四万九、四五〇円である。上記家屋は被相続人が死亡する前年○○○市内にあつた古い家を代金三〇万円で買取り、約一〇〇万円を費して現在の場所に移築したものであるが、その所有権につき、重男は右購入及び移築費用の半分以上を自分が負担したから自分に属するといい、他の相続人は全員被相続人に属すると主張する。

当時被相続人は重男と同居して世帯を一にし、その世帯主は被相続人であつた。従つて本件家屋購人のため支出した金員はすべて被相続人の所有に属していたということが一応謂える訳である。ところで遺産分割は相続人相互間における財産の分配を目的とし、利害を第三者に及ぼすものではないから当事者間における実質的公平を第一義とすべきである。この観点に立てば上記家屋の帰属も、単に課税台帳上の名義人や購入当時の世帯主が何人であるかというような対第三者関係で定められる事によつて決すべきでなく、あくまで当事者間の実質関係に即して定めなければならない。かくて該家屋の購入資金獲得に対する当事者(被相続人及び重男)の寄与の度合が問題となるのである。

ところで被相続人は雇人一名程度を使用して漬物製造販売業を営み死亡する三ヵ月前まで元気に仕事をしていた。他方重男は小学校卒業後暫時魚屋の見習をした期間と、相当長く兵役に服していた期間とを除き、約一二年間無給で被相続人の家業を手伝つた。重男が極めて勤勉な性質であることは関係人すべての認めるところであり、同人の供述によれば漬物製造の現場の仕事、原料たる生姜の栽培、自家用の米の生産等労力を要する仕事はすべて重男とその妻及び雇人が当り、被相続人は販売、仕入れを担当する外全般の監督に任じたというのであるから、家屋の維持乃至増加に重男の果した役割は相当高く評価すべきものと考えられる。本件家屋はこのような事情の下に購入せられたのであるが、当時生姜の値上りによつて得た利益金がその購入資金に充てられた事実も認められるから、同家屋の取得について重男の寄与を無視することはできず、同人はその寄与分に相当する潜在的持分を右家屋の上に有するものといわなければならない。そしてその持分の割合は上記諸事情に重男が被相続人から何らの報酬も贈与も受けていない点を併せ考慮し、更に民法第二五〇条の趣旨を参酌するときは、五割を以て相当と考える。

よつて右家屋の価格からその五割を差引いた残額である一〇二万四、七二五円を本件遺産価格に算入することとする。

四、現在重男は別表記載番号一六の家屋に居住、漬物製造販売業を営んで前記遺産全部を占有管理し、相手方クミコは重男と同居してその扶養を受け、申立人明子は離婚後肩書アパートに居住してキャバレーに勤め、その他の相続人はすべて他家に嫁している。そして本件遺産の分配を求めているのは申立人等二名だけで、他の相続人はすべて相続財産の取得を希望しない旨述べている。

以上の事実及び判断によれば、本件遺産の総額は金五二九万三、七五七円となるところ右遺産は全部家業承継者であり、占有管理者である重男に取得せしめるのが相当である。そこでそのようにした結果重男以外の各相続人の取得分は零となるから、重男をして右各相続人に対しその相続分に等しい額の債務を負担せしめることによつて之が調整を図るべきである。然るときは右債務の額は相手方クミコに対しては遺産総額の一二分の四に相当する金一七六万四、五八五円、爾余の各相続人に対しては同じく一二分の一に相当する金四四万一、一四六円となる。よつて、相手方重男をして右各金額の債務を負担させることとし、主文の通り審判する。

(家事審判官 入江教夫)

別表〈省略〉

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